2022年11月12日、学園の創立100年回帰プログラムとして、グラミン日本とともに、子どもの貧困対策や経済的理由により子育てが困難な家庭の就業支援を目的とした「SDGs教育プログラム」を展開すると発表した学校法人桜美林学園。日本のアカデミアとしては初となるこの取り組みを、創立者・清水安三先生の精神「学而事人(がくじじん)(よく学びそれを社会や人々のために生かす)」のもと力強く推進する木浦幸雄顧問、和田満総務部・総合企画部長にお話を伺いました。

桜美林学園顧問 木浦 幸雄(きうら さちお)さん

’13~一般社団法人 日本インダストリアルイメージング協会代表理事(JIIA)
’21~一般社団法人 情報通信技術委員会 マルチメディア応用専門委員会マシンビジョンSWGリーダー(TTC)

桜美林学園総務部長/総合企画部長 和田 満(わだ みつる)さん

’06桜美林大学大学院国際学研究科大学アドミニストレーション専攻修士課程修了。
'02桜美林大学へ入職。入学部次長、北京事務所長、学務部長等を経て’21より現職。

創立者・清水安三先生とムハマド・ユヌス博士の共通項

グラミン日本:今回貴校の記念すべき100年回帰プログラムにおいて、われわれグラミン日本と協働いただけることになったきっかけについてお聞かせください。

木浦:もともと私がグラミン日本の理事/COOである中川さんと親しくしており、ある会食の場でグラミンと創設者のムハマド・ユヌス博士の話を伺ったところ、桜美林学園の創立者である清水安三の精神と同じであることに感銘を受け、その後すぐに100周年事業としての取り組みについて学園内で提案し、話を進めました。

グラミン日本:具体的には、どのようなところで親和性を感じていただいたのでしょうか。

木浦:清水安三は、1917年にキリスト教の宣教師として中国に派遣され、当時中国北方を襲った飢饉により、行き場を失った子どもたちのための施設運営を始めました。その経験から、中国の子どもたちや女性たちが、技術とともに教養を身につけることのできる学校として、1921年に「崇貞学園」を設立しました。午前中に勉強、午後は手に職をつけさせるために手工芸を教え、多くの家庭を貧困から救った功績により、清水安三は「北京の聖者」と呼ばれました。困窮する子どもや女性たちに「魚を与えるのではなく、魚の捕り方を授ける」、寄り添う支援を通じて経済的自立を実現してきた清水安三の取り組みは、まさにグラミン銀行、グラミン日本の取り組みと同じ精神に基づいているといえます。

<参考>「SDGs教育プログラム」イメージと達成を目指す6つのゴール

グラミン日本:今回の「SDGs教育プログラム」の取り組みはこれからのスタートとなりますが、グラミン日本と協業してよかったこと、もしくは今後への期待感についてお聞かせいただけますか。

和田:協働における喜びという意味では、ムハマド・ユヌス博士の志から始まって、グラミンが取り組んできた内容そのものが、100周年を迎えた本学園を回顧した時にマッチしたということ。そのことが学校法人桜美林学園を改めて見直す機会につながったことは間違いないですね。清水安三という人が100年前に中国北京で作った学校と同じような取り組みを、今この時代にできるということは非常にありがたいし、光栄だと思います。

木浦:私たち桜美林学園は清水安三の信じるキリスト教精神に基づき、どのような環境にあっても常に希望を持ち、人々の痛みを理解し、多様な価値観に対応できる国際人の輩出をミッションとしています。その中で今回のような社会貢献のテーマを与えていただき、再度100年前と同じように取り組んでいくことを決議できたことに感謝しています。具体的な実績を上げていくため、切磋琢磨しなければいけないと思っているところです。

桜美林学園外観

支援対象者の確実な自立に向けた出口戦略

グラミン日本:協業における今後の課題や、活動については、どのように考えていらっしゃいますか?

和田:今回の取り組みは、各自治体からご紹介いただく支援対象者の方に教育プログラムを提供するだけでなく、プログラム修了後に雇用機会を確保することが大前提となっています。その「雇用機会の確保」、つまり協力企業の関与という部分が大切になってくると思います。

木浦:教育プログラムを提供するシングルマザーの皆さんの就職先、つまり出口戦略をきっちりとらえていかなければならない中で、まだまだこのような活動が社会の中に浸透していないことを実感しつつあります。企業においても、総論は非常に快く賛成をしていただけるものの、具体的な雇用となると、まだハードルが高いなと感じているところです。アカデミアとしては初めてのチャレンジなので、取組方針や活動内容について、グラミン日本と共同でこういった活動を世の中に発信していく必要があると考えています。

グラミン日本:我々も、地方在住のシングルマザーの方に、デジタルスキルを学んで企業に就職していただく就労支援を幅広く展開していますが、出口としての雇用機会の確保や、社会におけるSDGsや社会貢献に対する意識醸成が、これからの課題だと認識しています。メディア露出などを通じてこれまで以上にインパクトのある情報発信ができれば、これに勝るものはないと思います。

木浦:「出産・子育て応援交付金」として10万円を支給する制度が2023年からスタートしましたが、シングルマザーの就職支援という領域でも今後我々の活動が認知されて、資金や企業が動く仕組みを国としても作っていただけないかと期待しています。それには時間が必要かもしれませんが、その前の実績作りに尽力していきたいと思っております。

社会貢献が当たり前の世の中を目指して

グラミン日本:今、出口戦略についてお話しいただきましたが、現状に関しての認識も伺いたいと思います。100年回帰プログラムの発信においても、子どもの貧困対策にフォーカスされていますが、日本の貧困問題の現状について、どのように捉えていますか。

木浦:様々なデータをみても明らかなとおり、日本の相対的貧困率は「7人に1人」から「6人に1人」にさしかかろうとしている時代です。我々の目には見えにくい、生活に困窮されている方が、日本には1000万人以上存在している状況です。例えばクリスマスの日に、多くの子どもたちは、サンタさんから何かプレゼントが貰えるねという話ができるはずなのに、それができない家庭もある。子どもの時に当然通ってくる体験をできないような家庭があるならば、当然手を差し伸べるべきでしょう。私たちは一時的なお金の援助をするのではなく、親御さんが本当の意味で自立できるまでのサポートをしていきたいと考えています。

グラミン日本:創立者の北京でのお話の中で「魚の取り方を授ける」という表現もありましたが、そういったイメージで伴走していくということでしょうか。

木浦:はい、我々は何かを与えるのではなく、私たちも一緒になって立ち上がっていくイメージの支援を考えています。また、別の観点で考えてみますと、日本は少子化で労働力、特にIT人材が不足してきています。IT人材が減ったわけではなく、それを必要とする時代に差し掛かっているにもかかわらず、これまでそのようなスキルを持つ若者たちの育成が不足していた、また各企業が人材育成に投資をしてこなかった結果が、現状を招いています。こういった課題に対して、私たちも学園として一つの責任があることを潔く認めて、私たちの手段でシングルマザーの皆さんにIT人材としての教育プログラムを提供し、この取り組みを通じてIT人材の育成に少しでも貢献できればと考えています。

グラミン日本:まさにキリスト教における「隣人に寄り添う心」の体現ですね。国内初のアカデミアとしての取り組みになりますが、主に若い学生を教育する場というイメージが強い大学で、今回あえて、我々が支援対象としているシングルマザーの方にも教育を提供することを決定されたことはハードルが高かったのではないでしょうか。

木浦:検討の過程では様々な意見がありました。ただし、学園として、高等教育を提供する立場にある者として、ある一定の年齢層に対して教育を提供するだけでいいのか、困っている方のお役に立てることがあれば実践して、その活動を草の根で広げしていくことは学園の創設の意義であり、そこに立ち返ろうということで、学園として意思決定いたしました。私たちとしては第一に、困っている方々が現実に目の前にいるならば、その方々を支援することは躊躇なくやらせていただきます。

それから、一つの教育機関として、率先して動くことで理解が広がり、賛同してくださる教育機関が増えるような流れが作れれば、という想いで取り組んでまいります。

和田:現在、大学教育の中でデータサイエンスという分野が非常に盛んになっています。一方で、そこで教える人材がなかなか集まらない。そのため、新しい学部を作りたくても作れない大学もあります。さらに2025年度の大学入試共通テストから「情報」という科目が新たに導入されますが、これを教えられる高校の先生も限られており、高校間で教員の貸し借りをしているのが現実です。デジタル関係に関して日本はとにかく先送りの状況だったのです。今後は、デジタルスキルの素養がないことはイコール仕事に就けないということにもつながります。今回、そのデジタル教育を受ける機会が少なかった方々にも機会を提供していく。そして、それを活かした就労支援を行っていくというのは、今の日本の状況にはマッチしているのかと思います。

グラミン日本:デジタル教育を取り巻く環境については全く同感ですし、学校法人でそこまで柔軟な議論をされているのは、私どもとしても新たな発見です。

最後に、「SDGs教育プログラム」に関する今後の展望をお聞かせください。

木浦:近未来像としては、まずは、働き方改革や人材育成に積極的な大手企業と連携し、その取り組みの一翼を私たちが担わせていただくと同時に、社会に向けて私たちの動きを打ち出していきたいと考えています。グラミン日本主催のセミナーやイベントにも参加して、SDGsに力を入れている企業の方々ともディスカッションなどしながら、世の中を動かす起爆剤になるような活動にしていければ理想的だと思います。そのためにも、色々な企業に足を運ぼうと思っています。

一方で、こういった取り組みが普通になり、誰が最初に始めたかも話題にならなくなることが長期的なゴールだとも考えています。実は桜美林がパイオニアと認識されつつ、別の教育機関でも取り組みをしている、そんな時代が来るのを信じて、最初の一歩を踏み出していきたいと考えています。

グラミン日本:素晴らしい将来展望ですね。

和田:桜美林大学と沖縄の宜野湾市の提携プログラムの一環として、宜野湾市における貧困問題についての学生に向けた研修で現地に行く予定なので、そこでもこの取り組みを周知したいと思っています。沖縄県は離婚率・シングルマザー率も全国トップと言われており、平均所得は東京都の1/2ほどです。在京企業に雇用されると、たとえパートタイムであっても地元よりは時給が良い、そしてオンラインで仕事ができるとなると好待遇なことが多くなると思います。

このような地方自治体との連携を通じて全国展開が実現すれば、より多くの方に機会を提供できるはずです。また、地方の企業にもこの取り組みを利用して、シングルマザーの方々により多くの就労チャンスを提供していきたいと思っております。

グラミン日本:ありがとうございます。今回は、グラミンとしても初のアカデミアとの協働となりますので、ぜひ一緒に成功させたいと思っております。本日は、貴重なお話をありがとうございました。