グラミン日本のロゴやブランディング、また外部に発信する広報物のクリエイティブ部分を、デザイナーと共に制作しています。

本業について
メーカーで、お客様の課題分析や営業のサポートを行う部署に所属しています。その前はデザインや広報、製品開発業務などを経験してきました。
入会のきっかけは?
いつからかはわかりませんが、漠然と「社会貢献のボランティアをやりたいな」と思っていました。ただ、子供2人とフルタイムの仕事があり、ボランティアを始めるのはまだ十年以上も先だと思っていたら、コロナ禍が来たんです。
コロナ禍で在宅勤務になり、比較的時間に余裕ができたある日、不注意で結構大きな怪我を負ってしまって。家族や医療関係者の方々にお世話になりながら、仕事と家事とリハビリをしていました。そんな時、身近な方が不慮の事故で亡くなったことを耳にしたんです。働き盛りのその方が、幼い子供たちと配偶者を遺して、突然逝ってしまったことに衝撃を受け、同時に、「私も打ち所が悪ければ、あそこで人生が終わっていたかもしれない」と思ったんですね。私は、たまたま運よく怪我ですんだんだと。
それから、「人間はいつ亡くなるかわからない。だから、あとでやりたいと思っていたことは、いまやらなくては」と、だんだん心が固まってきて。ケガがほぼ治ったところで、ボランティアを探し始めました。その時、たまたまグラミン日本が「広報」で募集していたのを見つけ、いままでの自分の経験が活かせるかも、と思って応募しました。
貧困問題への想い
グラミン日本の母体である「グラミン銀行」のルーツがバングラデシュだと知った時、ふと若かった父の姿が浮かびました。私の父は、30年以上前、バングラデシュで、日本で集めた衣料品を配布するボランティアをしていたのです。小学生だった私は、父が撮影した、バングラデシュの農村の人々の写真や、家中に飾られていた色鮮やかな織物を見ながら、日本に住む自分とは違う世界があること、毎日の着るものに事欠く方がいることを知りました。父が関わっていた、そういった方への「支援」という活動は、もしかしたらその頃から、「いつかどこかで自分もやるべきこと」と感じていたのかもしれません。
グラミン日本に入った時期は、コロナ禍で収入が途絶えた方々が報道されていた時期でした。また自分自身も怪我で、一時的ですが在宅でしか仕事ができない状況だった。とても他人事ではないと思っていました。「在宅で子どもを見ながら仕事ができること」のありがたさを実感し、そういう働き方を希望する方が、在宅で収入を得られるようにサポートしていきたいと思っています。
活動についてのやりがいや活動によって得たこと
活動を始めた動機は、「社会貢献したい」という思いでしたが、いまは「無料で勉強をさせてもらっている」という感覚の方が強いです。本業ではまず関わることのない、商社やコンサルタント、そして学生インターンの方と共に仕事することで、毎週のように「異業種共創」を体感しています。
私は本業でかかわっているデザイン分野は、従来は「デザイナーが素敵なモノをつくる活動」とみられてきましたが、最近は「さまざまな人の思いを形にすることを通して、インクルーシブなコトづくりに寄与する」という側面が世の中に注目されています。プロボノ/企業/学生インターンが共創し、世の中を巻き込みながら、困窮する方の自立支援を行うグラミン日本は、インクルーシブな形でソーシャルデザインを実践している団体だと私は感じています。私にとってグラミン日本の活動は、「本業とは別」ではなく「デザインという大きな仕事の一部」という感覚ですね。
グラミン日本の活動で特に思い出深いのは、就労支援事業(フラワープログラムfor Writing)で、講師役をやらせていただいたことです。3か月にわたる毎週土曜日のフィードバックタイムは、「どう伝えたら参加者のみなさんに響くだろう、役立ててもらえるだろう」と悩む日々でした。プロジェクトに参加してくださったみなさんも、お子さんを見ながらのライティングスキル講座の受講は、決して楽ではなかったと思います。けれど、どんどん素敵な文章が書けるようになっていくみなさんを見て、「続けることで、着実にスキルは身につく」と、いまさらながら確信しました。自分自身、いままで子育てに精いっぱいで全然仕事で成長できていないと感じていましたが、それは「子育て中だから」が理由ではなかったんです。「子育て中だから」仕事はセーブしよう、ボランティアは子供が成長してから・・・というのは、自分の思い込みだった、といまでは思います。
これからグラミン日本で挑戦してみたいこと
グラミン日本の広報チームで「やりたいこと」は無限にあります(笑)。ただどうしても全部はできないので、限られたプロボノとしての活動時間内で、いま必要なことを集中してやることでしょうか。欲を言えば、私の子供たちが「そういえば母ちゃんは、仕事だけじゃなく『グラミン日本』っていうのもやってたよなー」と、記憶に残るようなことが実現できたらいいですね。バングラデシュで活動する父の写真を眺めていた、小さい頃の私のように。
グラミン日本でのプロボノ活動を希望される方へ一言
「自分ではない誰か」の自立を支援することは、私が想像していたよりも難しく、試行錯誤の中で進んでいく活動だと、いま改めて感じています。なので、地道に細く長く、でも途切れずに粘り強く続けていくことが大事になると思います。そのためにも、ご自身の健康と仕事と家庭をしっかり維持しながら、一緒に一歩づつ歩んでいきましょう。
